腔の読み 番外 その10 銃器の腔

腔の字は月偏の字とされています。月偏には3つあって @は空に浮かぶ月です。Aは体の一部や内臓やその動きを表す“にくづき”。これは、人を二つ重ねた部分を略すと横棒2つとなり、月と同じ形になります。Bは舟を略した字が月に似る“ふなづき”です。@は天体、気象、明るさ等を表す漢字です。2つの横棒の右側は縦棒に着けません。Aは最も多くの漢字が有ります。横棒の右側は縦棒に着けます。Bは、服が代表で、命令に従う、服するの意です。即ち、船に乗ると流れに任さざるを得ない。従わざるを得ない。中の2つの横棒は縦にチョン・チョンです。
 いずれの月も機械、器具とは関係ありません。ところが、腔の読みを調べる過程で、機械の構造を説明する用語としての腔に出会いました。それは、銃の弾が通る筒の内部を「腔」と記しています。鉄砲が種子島にもたらされて1年以内に日本の刀鍛冶師は銃を作り上げ、種子島銃として瞬く間に戦国大名や僧兵、一揆衆に広がりました。当時の鍛冶師は銃身をどのようにして作ったのでしょうか?。先ず、長方形の鉄板を作り加熱して丸棒に巻きつけて筒を作ります。その外側をリボン状の鉄板を端から巻き、更に逆方向からリボンを重ねて巻き、芯にした丸棒をを抜いて火入れした後、焼き入れ、内部を錐で均等な円状にして完成です。筒の内部は何の構造物も有りません。筒の後部を如何にして封鎖するかが最大の難問で、種子島の鍛冶師は娘を南蛮人に差出しボルトやナット構造のネジの作り方を聞き出したという逸話もあります。弾は球状です。この種子島銃は、以後300年間、火縄が火打ちに変わった位で、殆ど変化しませんでした。
 1842年にフランスのミニエールが弾を先が尖った円錐形にし、底部の外周を薄くして火薬のガス圧で広がり銃身の内面に沿って密着して進み、直進性が向上しました。これにより飛距離と命中精命が伸びました。一方、欧州では銃身の内部に螺旋状の溝を付け(ライフリング)、弾が回転するようにして直進性を高める工夫は火縄銃の時代から有りましたが、日本では知られていません。欧米では、ミニエール弾にライフリングした銃を組み合わせることで、小型で命中精度が飛躍的に伸び、ライフル銃として急速に普及しました。ライフリングの無い従来のゲーベル銃が100メートルで命中率が50%に対しライフル銃は90%、500メートルではゲーベル銃が5%に低下するのに対し、ライフル銃は50%と直進性が向上します。幕末から明治維新の動乱期に日本に持ち込まれた銃は大半がこれら改良中のライフル銃です。イギリスがクリミア戦争に勝利したのは新式ライフル銃のおかげとの説もあります。アメリカは南北戦争で両軍がライフル銃を使用しましたが、終戦後は大量に余り、日本にどっと入ってきました。第二次長州征伐では、長州は坂本竜馬の斡旋で薩摩から今の貨幣価値で30億円以上の金を用立てて貰い、最新のライフル銃を得、幕府軍に圧勝しました。
 このライフル銃の溝は、螺旋と言っても約30センチの長さで1回転位で、6本前後作られるのが普通です。このような構造を作るようになると、その構造物が存在する部位の名称が必要となります。従って銃身の腔の使用は、明治維新以降と考えられ、恐らく医学用語からの転用と考えられます。  
 当初は部位の名称としての腔で、やがてその部位に作られた螺旋状の溝も腔と表現し、滑腔銃身は溝が無い銃のことです。
 ヨーロッパで銃が作られだした頃、銃身は樽状の鉄をいくつも繋いで溶接して1本の銃身にしました。ですから銃の筒の部分を樽(barrel)と言います。又、錐や錐で開けた細長い穴のことをboreといい、銃身を意味します。底の無い樽を繋ぎ合わせたもの、穴の端が塞がれた物、どちらも銃身です。一方、日本では中空の細長い状態を筒と呼んでいます。その代表が竹製品で、笛等の楽器、食器や酒器、更には花入れ等の容器に使用されますが、大半は中空の内部に特殊な構造物は有りません。銃身を意味するのは「捧げ筒」の号令や「響く筒音」等戦場の表現です。
 明治10年、鹿児島の不平士族や私学生は武器弾薬庫を襲い、戊辰戦争時のエンフィールド銃を奪い西郷隆盛を担いで西南戦争を起こした。これに対し新政府側はより最新式のスナイダー銃で対抗し、圧勝する。実は西郷隆盛軍はスナイダー銃の優秀さを知り、鹿児島の武器庫に保管し、更にスナイダー銃用の弾薬製造技術も有していたが、10年1月に新政府はそれらを秘密裏に鹿児島より大阪や横須賀の兵器廠に移送したことも反乱の原因であった。この後、新政府はイギリスより多くの技術者を雇い、スナイダー銃を始め、より優れた銃砲機の製作に取り組むことになりました。又、銃による殺人事件では使用された銃の特定に弾丸の腔による線条が重要視され、鑑識用語、裁判用語としても使用されます。現在では「銃砲腔(銃腔・砲腔)」弾丸が通過する内部空間。「腔発(こうはつ)」砲弾(榴弾もしくは榴散弾)が砲身内で暴発する事故。等が一般の辞書でも見られます。
 防衛省規格(平成4年制定、20年改正では、火器用語の欄で多くの「腔」の字を有する語句が挙げられ、読みは総て“こう”です。又、関連する英語はboreが8割、barrelが2割です。明治時代に銃器製造関係者や軍内部で「腔」をどう読んでいたかは不明であるが、当時から“こう”と読んでいた可能性が高い。なぜなら兵部省や工部省は東大から遠く、一般社会から途絶し、独自の言語が通用していた世界を形成していたからです。

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