腔の読み 番外その3 鼻の腔
鼻腔は幕末から明治にかけての解剖学での造語と思っていましたが、室町時代に成立した御伽草子にその原型を見つけて驚いています。インターネットのgooで「腔」を検索しましたら、なんと室町時代に成立した「お伽草子」なるものが出てきました。それはお伽草子の中の「富士の人穴草子」です。これは富士の樹海の中の洞窟の中に、主君、源の頼家の命により入り、地獄の有様を記した物語です。この中に 米を盗んだ罪人が閻魔大王に米を口に含んだまま口を閉じられ(縫われ)鼻の腔より米を出し、苦しむ有様が書かれています。この人穴草子の鼻の腔は、鼻の穴の意でしょう。で、これに出ている腔は“こう”か“くう”か? この時代から鼻腔「びこう」「びくう」なる言い方が有ったとは! このホームページには振り仮名はついておりません。是は図書館で本を調べるしかないと考え、徳大の本館へ土曜日の9時に行きましたら、開館は10時の表示で閉まって居ました。当方は臨床系の講座のため、平日はいつ何が起こるか分からないので、学生の試験などはいつも土曜日に予定しています。その日も10時から試験をするため、その日はあきらめ、何も分かりませんでした。日曜日に市立図書館に行き、御伽草子を探しましたが富士の人穴草子は載っていませんでした。図書館の帰りに本屋で立ち読み、是も有りません。次の土日は学内の報告書に追われて、99年も12月の中旬に入り、やっと徳大の図書館本館に行きましたが、そこにも富士の人穴草子は有りませんでした。こうなれば、恥も外聞も捨てて、(基より恥だらけ、外聞数多の身なれど)前述のインターネットの富士の人穴草子のホームページの作者(甲南女子大学文学部・菊池真一氏)に聞くのが一番と思い直し、見ず知らずの方にメールを致しましたら、数時間後に詳細な返事が届いてまして、是に又感激感謝と驚き!で、その回答には「鼻の腔」は「はなのあな」ということです。私は「はなのくう」「はなのこう」「はなのむろ」などを予想していたのですが「あな」とは! わかりやすくていいなあ! 次に続く説明が明解です。お伽草子の原文はひらかなばかりで、漢字は大正14年の日本文学大系の刊行に際して、漢字仮名交じり文にしたとの事です。要するに「腔」の字でなくても「穴」でも良かったと言えます。ちなみに菊池真一氏によれば{「腔」は江戸時代以前の物語、草子などには無いでしょう、漢籍、仏書を調べなさい}との助言を頂きました。更に菊池氏には数日後に「腔」に関連する古書のコピーを送付して頂きました。それには、平安末の字鏡集の白川本(室町時代中期写本)には苦江反羊腔とあり発音は「かう」との菊池氏の説明、同じく字鏡集に羊へんに空、ケモノへんに空と同じで、乾燥したケモノの肉の意味、又、類聚名義抄には腔は誤りで正しくは羊へんに空で発音は「かう」との説明。これ以外の「運歩色葉集(室町末写し)」「温故知新(室町中期写し)」「撮壌集(江戸中期写し)」「頓要集(室町中期写し)」「書言字考節用集(江戸中期)」印度本節用集」「恵空編節用集」「倭玉篇」「色葉字類抄」「伊京集(室町期写し)」「明応5年節用集」「天正18年節用集」「饅頭屋節用集(室町末写し)」「黒本本節用集(室町末写し)」「易林本節用集(慶長2年)」「古本下学集」「春林本下学集」「文明17年本下学集」「文明11年本下学集」「榊原本下学集」「亀田本下学集」には腔の字は見あたらないとのことで、我が身の浅学非才を痛感するとともに、専門とする学問の奥深さを痛感した次第です(親不知(知歯)の抜き方なら任せて下さい)。

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