この物語は、私の脳裡に焼きついている終戦直後から引揚迄の、体験に基ずいて書きました。近年急に記憶力が減退しているし、それに三十四年も以前の事で、多少の思い違いがあるかも知れませんが、心に沁みついている記憶で書いていますので、一部の人以外の氏名はフィクションであっても、総べてが真実の記述です。北鮮平壌近郊の秋乙で、敗戦を迎えた私は様々な悪条件の中で、信仰厚い姑の祈りにささえられ全く神さまのお加護や、元二百五拾部隊の家族の方々やその他多くの人に援けられ、三人の幼児を連れて、内地へ還れたことを心より感謝しています。それにつけても北緯三十八度線以北の地で、終戦後消息の分らない(死亡推定一〇〇万人という)方々に、此処で衷心より哀悼の意を表します。
 戦争を知らない若い人々が多くなった現在!
戦争が終って、無条件降伏をしたからといっても、無抵抗無防備だといっても、生命の保証も何もなく、自分で自分や家族を守る為に辛酸をなめた、当時の心の傷の深さや、戦争の後遺症や魂の傷痕がどんなに深いものか!そして不自由な中で皆が協力する事によって、乏しい生活を支えてきた当時の状態!弱い人間には人間同志の温い援け合いがどんなに必要か、平和がどんなに有難いことか!等々を知って頂けたらと思い体験を拙い筆で綴りました。物質が豊富になって何もかも使い捨てにするようになった、現代の日本の状況をみる時、窮乏に耐えて生死の境を彷徨してきた者には、「勿体ない」という想いが痛切に胸をつきます。限られた世界の物質!。多くの難民!どの民族にも善人と悪人があります。併し、人情にはどこの国の人間にも決して変りがありません。もっと物を大切に使って私達個人の生活をつつましくして、善意にあふれた豊かな住み良い平和な世界こそ望ましいと、本当に心から願う心が、この手記を綴らせたのです。生意気を申しましたがお許し下さい。

最初、この手記を綴ることを勇気づけ、励まして下さった文学圏の木村真康先生、萩原節男先生を始め文学圏の社友の皆々様、書きなぐりの原稿を清書をして下さった増田千鶴子さん、表紙や題に俳画を書いて頂いた妹の揖場有ちゃん。皆様本当に有難う御座いました。尚、木村真康先生には特に御世話をかけました。最初から最後迄出版その他一切をお骨折頂いて有難う御座いました。その他、皆々様の暖かい御支援でこの出版のはこびとなったことを感謝致します。

昭和五十四年十一月      吉田和乎

第1章 終戦。 第2章 夕焼け。 第3章 桐一葉。 第4章 名月。 第5章 秋雨。 第6章 闇夜。 第7章 霜夜。 第8章 木枯。 第9章 凍土。 第10章 裸木。 第11章 夢幻。 第12章 新月。 第13章 夕月。 第14章 吹雪。 第15章 雨風。 第16章 皐月闇。 第17章 白雲。完
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